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  • 2020.10.09

独占禁止法について(その3)

前回は、行政法に関する判決を紹介しました。
今回からは、また独占禁止法についての記事に戻ります。今回は、独占禁止法の第3回目です。
今回は、独占禁止法の法目的について説明します。

独占禁止法について〔その3〕

1. 独占禁止法の法目的
(1) 独占禁止法1条
我が国の法律の多くには、第1条にその法律の目的を規定した条文が置かれています。これを目的規定といいます。
目的規定には、その法律の趣旨や目指す事柄が書かれています。このため、目的規定は、その法律の各条文を解釈する上で、重要な役割を担います。
独占禁止法の1条には、次のような目的規定が置かれてます(下線と【 】内は、岩本が附しました)。

第一条 この法律は、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止し、事業支配
力の過度の集中を防止して、結合、協定等の方法による生産、販売、価格、技術等の不当
な制限その他一切の事業活動の不当な拘束を排除することにより、公正且つ自由な競争
を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇傭及び国民実所得の水準を
高め【直接目的】、以て、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健
全な発達を促進すること【究極目的】を目的とする。

この条文のうち、真ん中あたりの「……排除することにより、」までは、独占禁止法の規制内容を列挙したものです。その後の下線を施した部分が、独占禁止法の目的を規定した部分です。
下線を施した部分は、「以て、」という語を挟んで、二段階になっています。
「以て、」の前の部分、特に、「公正且つ自由な競争を促進し、」という文言は、独占禁止法の直接目的を規定したものであり、「以て、」の後の部分(「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進すること」)は、独占禁止法の究極目的を規定したものです。
このように、目的が二段階にわたって記載されている法律は、それほど珍しいわけではありません。
例えば、以下の若干の例を挙げておきます(下線と【 】内は、岩本が附しました)。

特許法
第一条 この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し【直接目的】、
もつて産業の発達に寄与すること【究極目的】を目的とする。

下請代金支払遅延等防止法
第一条 この法律は、下請代金の支払遅延等を防止することによつて、親事業者の下請事
業者に対する取引を公正ならしめるとともに、下請事業者の利益を保護し【直接目的】、
もつて国民経済の健全な発達に寄与すること【究極目的】を目的とする。

行政手続法
第一条① この法律は、処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続
に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性
【中略】の向上を図り【直接目的】、もって国民の権利利益の保護に資すること【究極目
的】を目的とする。

このように、目的が二段階にわたって記載されるのは、その法律によって直接的に目指すものが何であるかを明示して解釈の指針を与えるとともに、その直接目的が国や国民の利益に資することを究極目的として明らかにすることにより、その法律の威信を高めるためと思います。
ただし、独占禁止法の場合、このように目的が二重に示されていることによって、解釈上の疑義が生ずる場合があります。この点は、以下の4.において述べます。

2. 独占禁止法の直接目的
独占禁止法1条の後段の前半には、「公正且つ自由な競争を促進(すること)」、「事業者の創意を発揮させ(ること)」「事業活動を盛んに(すること)」「雇傭及び国民実所得の水準を高め(ること)」の4つの文言が、文理上は並列的に規定されています。
しかし、厳密には、この中の冒頭の「公正且つ自由な競争を促進(すること)」が独占禁止法の直接目的であり、他の3つは、直接目的の効果ないし政策的効用であると解されています。確かに、公正かつ自由な競争の促進は、競争を損なう行為を規制する内容を持つ独占禁止法の施行によって直接的に達成することができるのに対し、他の3つは、独占禁止法の施行によって直接的に達成できるものではなく、公正かつ自由な競争の促進によって結果的に生じ得る事柄であり、両者は次元を異にしていますから、上記の解釈は妥当であると思います。
公正かつ自由な競争とは、公正な競争と自由な競争との複合語です。通説的な見解は、この両者を次のように説明しています。
自由な競争……(a)競争者の市場への参入・離脱が自由であること、及び、
(b)市場においては、競争関係にある者の間の競争が自由に行われていること
公正な競争……競争が良質・廉価な商品・役務の提供という能率競争を中心として行われ
ていること

3. 独占禁止法の究極目的
独占禁止法1条は、「一般消費者の利益を確保する(こと)」及び「国民経済の民主的で健全な発達を促進すること」を究極目的として掲げています。
前者(一般消費者の利益の確保)は、文字通り、広く社会全体の消費者の利益の維持・増大に資することを意味し、後者(国民経済の民主的で健全な発達の促進)は、「個人、企業その他の経済主体から成る一国の経済が、全体としてより大きな成果を産み出すとともに、その成果が一部の経済主体にのみ集中するのではなく、広範な経済主体に公平公正に享受されること」という意味であると解されます。そして、ここにいう「成果」は、経済取引の結果として直接的に生ずる利益を核心としつつも、それだけでなく、生活の安全性の確保、良好な環境の保持、自由の確保、文化の向上、社会秩序の維持等の多様な価値を包含するものと考えられます。

4. 直接目的と究極目的との関係
さて、ここで一つ問題が生じてきます。
それは、独占禁止法の直接目的と究極目的とが衝突することが仮にあるとすれば、どういうこととなるのかということです。すなわち、事業者のある行為が、外形的には独占禁止法の違反行為に該当し、公正かつ自由な競争を損ない直接目的を侵害するものではあるが、究極目的、特に国民経済の民主的で健全な発達の促進には適合するという事態が生じた場合に、当該行為は違法となるのかどうかという問題が生じます。
この問題については、見解の対立があります。
直接目的と究極目的との関係について、後者は、前者の上位にあり、より高い次元から前者を規正するものと考えれば、上記のような事態においては、当該行為は違法ではないと解することが論理的であることになります。
これに対し、直接目的の達成を図ることが、取りも直さず究極目的の達成にも直結するものとする見解があります。この見解によれば、両者が衝突することはあり得ず、そもそも上記のような事態を想定することはできないということとなるでしょう。
これらのうち、学説上有力なのは、後者の説です。前者の説は少数説です。

上記1.に挙げた特許法、下請代金支払遅延等防止法、行政手続法など、目的が二段階にわたって記載されている他の法律においては、直接目的と究極目的とが衝突するということは、あまり耳にしないように思います。これらの法律においては、直接目的に反する行為が究極目的には適合するということは、まず想定しにくいことです。
しかしながら、独占禁止法においては、ある行為が公正かつ自由な競争を損ない直接目的を侵害するものではあるが、究極目的には適合するということが、比較的まれにではありますが生じ得ます。
例えば、次のような事例を考えてみましょう。

〔事例〕
原材料(例えば、原油)の国際価格が急騰した場合に、その原材料を使用して製造する
製品(例えば、ガソリン、灯油等の石油製品)の価格の高騰が生ずることにより国民生活
に大きな負担が生じないよう、当該製品の所管官庁(例えば、経済産業省)が石油元売会
社に対して、石油製品価格の引上げを一定の範囲に抑制するようにとの行政指導を行っ
たところ、石油元売会社各社が合意の下に当該行政指導に従った石油製品価格を設定し
た。

これは、現実に生じた事件です。
複数の事業者が合意の下に商品の価格設定を行うことは、通常であれば、不当な取引制限(いわゆる「価格カルテル」。独占禁止法2条6項、3条)に該当し、公正取引委員会による行政処分(同法7条以下)の外、刑事罰(同法89条1項1号)が科せられることもあります。
しかし、本件においては、価格カルテルをした事業者は、監督官庁の行政指導に従ってカルテル行為を行ったものです。行政指導とは、行政機関が一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等を意味します(行政手続法2条6号参照)。
そうとすれば、行政目的実現のための行政指導に従った事業者の行為を違法行為として取り扱うのはおかしいのではないかという疑問が生じます。すなわち、本件のような行為は、独占禁止法の直接目的には抵触するものの、究極目的には適合するものとして、違法とすべきではないという考え方が成立し得ることとなります。
本件に関する最高裁の判例(最判昭和59年2月24日刑集38巻4号1287頁)は、一般論として、正にこのような考え方を採用しました(結論においては、事業者らの行為は、行政指導を逸脱するものであったとして、違法と判示しました)。
私は、この問題について、少数説及び最高裁判例に賛成する立場を採っています。
この問題については、独占禁止法上の違反行為の中でも最も重要なものである、不当な取引制限について特に問題となりますので、不当な取引制限を説明するときに、改めて取り上げたいと思います。

次回からは、独占禁止法の違反行為について、私的独占を手始めに順次説明していきます。

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