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  • 2021.06.11

独占禁止法について〔その10〕

独占禁止法について〔その10〕

前回は、不公正な取引方法に含まれる以下の範疇の行為類型のうち(1)について、説明しました。

(1) 不当な差別的取扱い

(2) 不当な対価

(3) 不当な顧客誘引・取引強制

(4) 拘束条件付取引

(5) 取引上の地位の不当利用

(6) 取引妨害・内部干渉

今回は、(2)について、ご説明いたします。

5.不当な対価

(1) 序説

平成21年改正前には、独占禁止法旧2条9項2号(「不当な対価をもつて取引すること」)を受けて、昭和57年一般指定6項及び7項に不当対価に係る具体的な行為類型が規定されていました。平成21年改正後は、これらに相当する具体的な行為類型として、独占禁止法2条9項3号及び平成21年一般指定6項には不当廉売が、また、同指定7項には不当高価購入がそれぞれ規定されています(※1) 。同指定6項・7項の根拠規定は独占禁止法2条9項6号ロです。これらの行為の公正競争阻害性の内容についての通説の見解は明確ではないように思われますが、概ね、自由競争の減殺(市場における事業者間の自由な競争が損なわれること)として説明しています。この点について、私なりの説明をするとすれば、次のとおりです。

一般に、事業者がいかなる価格をもって取引するかは原則としてその意思に委ねられています。けだし、価格は取引条件の中でも最も重要なものの一つであることから、それを自由に設定することができることが自由な競争の当然の帰結であるからです。商品・役務を供給する事業を行う事業者が、技術革新や事業の効率化などに努めた結果、従来と同一の品質の商品・役務を従来以上に安い対価で供給することとなったために、その事業者と競争関係にある他の事業者の事業活動が困難となるとしても、それは競争に敗退した事業者が市場からの退場を迫られるだけのことであり、独占禁止政策上何ら問題とはならない至極当然のことです。同様に、商品・役務の購入についても、ある事業者が高い対価を設定することにより、取引相手を独り占めし、その事業者と競争関係にある他の事業者の事業活動が困難となっても、それは原則として問題とはなりません。

しかしながら、自由な対価の設定が常に独占禁止政策上好ましいとは限りません。それは以下の理由によります。まず、相互に競争関係にある事業者は、当然にそれぞれが自由に取引条件を提示することができます。しかしながら、もし、ある事業者が、商品・役務を供給する際に市場の諸条件と自己の能力からみて設定可能な対価から大きく乖離した低い対価を設定し、又は、商品・役務を購入する際に同様の意味で高い価格を設定することによって、その事業者と競争関係にある事業者の事業活動を困難にさせるおそれが生ずることは、自由な競争の結果として容認することはできません。なぜならば、そのような事態は、前者の事業者により競争の過程が人為的に歪曲された結果であり、後者の事業者が市場の諸条件と自己の能力からみて客観的に成立し得る対価を顧客に提示しても、取引の成立を見込むことができませんから、後者の事業者の自由な競争が侵害されることとなるためです。

それゆえ、このような意味において公正競争阻害性を持つ対価設定行為は、独占禁止法に違反する不公正な取引方法となるのです。以下においては、現実に主に問題となる不当廉売を中心に説明することとします。

(2) 不当廉売

(ア) 序説

独占禁止法2条9項3号及び平成21年一般指定6項は、不当廉売行為を規定しています。すなわち、不当廉売行為は、独占禁止法2条9項3号が規定する次の(a)と、平成21年一般指定6項が規定する次の(b)とから成ります。

(a) 正当な理由がないのに、商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給することであって、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの。

(b) (a)に該当する行為のほか、不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。

(a)については「正当な理由がないのに」という評価的要件が用いられ、(b)については「不当に」という評価的要件が用いられていることから、(a)は原則として違法な行為類型であり、(b)は個別に公正競争阻害性が備わってはじめて違法となる行為類型であるとされています。また、(a)と(b)の双方に共通して、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがある」ことという要件が置かれていますが、これは公正競争阻害性と同義であると解され、不公正な取引方法に共通して当然に要求される要件ですから、この行為類型における独自の要件としての意味はありません。したがって、以下においては、この文言自体は無視することとします。

(イ) 原価を著しく下回る対価での継続的供給

まず、上記の(a)から検討することとしましょう。

(a)の行為類型は不当廉売の典型的な行為であり、(ⅰ)「その供給に要する費用」すなわち原価を著しく下回る対価で、(ⅱ)継続して供給すること、(ⅲ)かかる行為に正当な理由がないこと、を要件とします。以下に分説します。

(ⅰ) 原価を著しく下回る対価

「その供給に要する費用」すなわち原価とは、何を意味するのでしょうか。この問題については、大きく分けて、(Ⅰ)製造原価又は仕入原価と捉える立場と、(Ⅱ)製造原価・仕入原価に、一般管理費、販売費等を加えた総販売原価と捉える立場とがあるとされています。商品・役務の供給には、製造原価・仕入原価の他に一般管理費、販売費等の諸経費を要するのですから、「供給に要する費用」とは(Ⅱ)を意味すると解するのが通説です。

確かに「供給に要する費用」という規定の文言に照らせば(Ⅱ)が妥当でしょうが、理論的にはむしろ(Ⅰ)の方に分があるように思われます。その理由は次のとおりです。製造原価・仕入原価は供給数量の増加とともに増加する費用であり、一般管理費(人件費、家賃等)・販売費(広告宣伝費等)等は供給数量の大小にかかわらず要する費用です。前者は可変費用と言われ、後者は固定費用と呼ばれます。原価とは1単位当たりの商品・役務の費用ですから、全可変費用、全固定費用を供給数量で除した平均可変費用、平均固定費用がここでは問題となります。さて、事業者にとっては、総販売原価(平均可変費用+平均固定費用)を賄う収入が得られなくても、少なくとも平均可変費用を超える収入が得られる見込みがあれば、事業活動を行わないよりも行った方が損失を少なくすることができます。それにより、供給数量の大小にかかわらず必要となる平均固定費用の全額を損失とすることなく、その一部だけでも賄うことができる収入を得られるからです。このことは、事業者が設定する対価は、たとえ総販売原価を下回っても平均可変費用を超えている限りは、市場の諸条件と自己の能力とから見て成立可能な取引条件であることとなり、競争の過程を人為的に歪曲するものではありませんから、公正競争阻害性の要件を充足するものではないことを意味することとなります。

確かに上記の(Ⅰ)を採ることには、「供給に要する費用」という規定の文言に反するという問題があります。しかしながら、独占禁止法2条9項3号は、原価を「著しく」下回る対価での供給を違法としているのですから、「供給に要する費用」自体は総販売原価を意味するものと解しても、実際に違法となるかどうかの基準としては、製造原価・仕入原価を採るのが妥当であろうと思われます。公取委のガイドラインも、従来からこれと同様の見解を採ってきたところ、独占禁止法の平成21年改正後に改定された新しいガイドライン(「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」(平成21年12月18日。「不当廉売ガイドライン」))においても基本的に同様の考え方に立ち、「供給に要する費用」は総販売原価であるとした上、「供給に要する費用を著しく下回る対価」について、より精緻な説明をしています。

(ⅱ) 供給の継続性

ここにいう「継続して」とは、何日以上と限定することができる観念ではありませんが、〈相当の期間、反覆して〉という意味と解されています。公取委は、「継続して」の要件について、「相当期間にわたって繰り返して廉売を行い、又は廉売を行っている事業者の営業方針等から客観的にそれが予測されることであるが、毎日継続して行われることを必ずしも要しない。例えば、毎週末等の日を定めて行う廉売であっても、需要者の購買状況によっては継続して供給しているとみることができる場合がある」と説明しています(不当廉売ガイドライン3‐(1)‐イ)。「継続して」の要件を欠く場合には独占禁止法2条9項3号に違反することとはなりません(※2) 。

(ⅲ) 正当な理由の欠如

「正当な理由がないのに」とは、行為の外形から原則として公正競争阻害性が認められる行為類型であることを示す評価的要件です。もっとも、商品・役務を安い対価で供給することが不当廉売として違法となるか否かについてやや微妙な点もあるので、以下には、正当な理由がなく違法となる場合とそうでない場合との区別について説明を加えておきます。

原価を著しく下回る対価で商品・役務を継続して供給するということは、一見あり得ないことのようにも思われますが、必ずしもそうではありません。あり得るものとして想定されるのは、(Ⅰ)市場価格が原価を下回って推移している場合、(Ⅱ)競争関係にある他の事業者を市場から放逐するために、原価割れの安い対価での供給を継続する場合、(Ⅲ)多くの種類の商品・役務を取扱っているために、特定の商品・役務を原価割れの安い対価で供給しても、それによる赤字を他の商品・役務の黒字で十分補塡することができる事業者(スーパーマーケットなど)が、顧客を引き寄せる「おとり」としてその特定の商品・役務を継続して供給する場合、などです。

上記(Ⅰ)の場合には、市場価格が原価を下回っている以上、原価を下回る対価で供給しなければ顧客を獲得することが不可能です。すなわち、市場価格が原価を下回っているという市場の条件のために、原価を下回る対価こそが客観的に成立可能な(むしろ、設定せざるを得ない)取引条件となるのですから、原価割れの対価を設定することを自由な競争の帰結として認めざるを得ないこととなります。それゆえ、この場合、事業者が原価割れの対価を設定することは、競争の過程を人為的に歪曲したこととはならず、その事業者と競争関係にある事業者の自由な競争を侵害するものではありませんから、公正競争阻害性の要件は充足せず違法とはなりません。

上記(Ⅱ)は、それをする事業者が、競争関係にある他の事業者を市場から放逐し独占的地位を構築した後に、高い価格を設定して大きな利益を獲得することを目的に行われます。これを「略奪的価格設定(predatory pricing)」といいます。この場合において原価割れの安い対価での供給を継続するということは、事業者としての自己の存立を危うくする行為を敢えて行うことにより競争の過程を人為的に歪曲しているものとして公正競争阻害性の要件を充足し違法となると解されます。

上記(Ⅲ)の場合は、公正競争阻害性の要件の充足の有無の判断について、問題となる特定の商品・役務を単位とするのか、当該事業者が取扱う商品・役務全体を単位とするのかによって答が異なってきます。この点については、特定の商品・役務を単位として判断すべきものと考えられます。なぜならば、競争は個々の商品・役務の単位で展開されることを考えれば、公正競争阻害性の有無は各商品・役務の単位で判断されるべきであるからです。それゆえ、赤字を他の商品・役務の黒字で補塡することができても、おとりとして用いる商品・役務の対価を原価割れで設定することは公正競争阻害性の要件を充足することとなり違法となると解されます。

(ⅳ) 不当廉売の事例

以下には、これまでに違法とされた不当廉売の若干の事例を挙げておきましょう。

判例 (東京高決昭和50年4月30日高民集28巻2号174頁 (中部読売新聞社事件))

〔事実関係〕

中部読売新聞社は、愛知、三重、岐阜の3県を販売地域として、販売部数を50万部とする中部読売新聞を1か月1部当たり500円で販売していた。同社は、各県版等独自に編集製作するものもあるが、それは極く一部に過ぎず、その余は専ら読売新聞社と業務提携をすることによって、その主要部分は読売新聞の記事をそのまま使用している。公取委は、これを不当廉売に該当するおそれがあるとして緊急停止命令(独占禁止法旧67条(現70条の4))を申立てた。中部読売新聞社側は、上記の対価設定によって損益が零になると主張した。

〔判 旨〕 申立て認容

「なるほど被申立人(=中部読売新聞社(岩本注))の右の価格は一応その原価に対応するものであることが認められる。しかし、右原価なるものは、その大部分は被申立人のいわゆる企業努力によるものというよりは、被申立人が読売新聞社との業務提携による強大な援助をえているという特殊の事情に起因して定められているものであり、これなくしてはありえないものであることが明らかである。(中略)不公正な取引方法に当るかどうかを判断するに当っては、その原価を形成する要因が、そのいわゆる企業努力によるものでなく、当該事業者の場合にのみ妥当する特殊な事情によるものであるときは、これを考慮の外におき、そのような事情のない一般の独立の事業者が自らの責任において、その規模の企業を維持するため経済上通常計上すべき費目を基準としなければならないからである。」裁判所は、1部当たりの原価を812円と算定し、本件の対価設定を不当廉売に該当するものと判示した。

〔コメント〕

この判旨は、原価の算定は総販売原価によりつつ、その算定において、企業努力によらない特殊事情があるときはそれを除外するという実質的配慮を加えたものである。なお、本件においては、その後、1か月1部当たり1000円を下回る価格で販売してはならないとする審決がなされた(同意審決昭和52年11月24日審決集24巻50頁)。勧告審決昭和57年5月28日審決集29巻13頁(マルエツ事件)と勧告審決昭和57年5月28日審決集29巻18頁(ハローマート事件)とは、ともに量販店方式で食料品を主体とする日用品雑貨等を販売する小売業者である株式会社マルエツと株式会社ハローマートとが、千葉県松戸市において相互に近接する店舗において、対抗的に牛乳を廉売したことについて、牛乳専売店等を競争上極めて不利な状況に置くものとして、両社の行為をともに不当廉売に該当するものとしました。本件において、公取委は、牛乳の原価として仕入価格を採用しました。本件は、おとり廉売の典型的な事例です。

なお、廉売行為について、国・地方公共団体の経済政策の観点から不当廉売には当たらないとされた事例として、最判平成元年12月14日民集43巻12号2078頁(都立芝浦屠場事件)、大阪高判平成6年10月14日判時1548号63頁(お年玉付年賀葉書事件)があります。

(ウ) その他低い対価での供給

ここでは、(ア)の(b)に挙げた「((a)に該当する行為のほか、)不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること」(平成21年一般指定6項)を取扱います。不当廉売の典型的な行為は独占禁止法2条9項3号の場合であり、この平成21年一般指定6項の行為類型は、前者の要件は充足しないものの、それに準ずるような場合を遺漏なく捕捉するために規定されたものと考えられます。

平成21年一般指定6項にいう「低い対価」とは、明文の規定はないものの、やはり原価を下回る対価を意味するものと解されています。原価以上の対価で供給することは、一般に自由な競争の結果として是認することができるから、そのように解するのが妥当であると考えられます。

そうとすれば、同項に該当し得る行為は、(a)原価を「著しく」ではない程度に下回る対価で供給すること、又は、(b)原価を下回る対価で「継続して」とは言えない期間供給すること、です。このような行為が公正競争阻害性の要件を充足して違法となることは現実にはあまり想定しにくいのですが、市場で圧倒的な優位にある事業者が、総販売原価は下回るものの製造原価・仕入原価を上回る対価で、比較的短期間、極めて大量に商品・役務を供給するような場合は違法となり得ると思われます。

(3) 不当高価購入

平成21年一般指定7項は、不当に商品又は役務を高い価格で購入し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがある行為を規定しています。不当廉売が商品・役務の供給者たる事業者によって行われるのとは逆に、不当高価購入は、商品・役務の需要者たる事業者によって行われる行為類型です。不当な「高い対価」とは市場価格を著しく上回る対価を意味します。

不当高価購入の公正競争阻害性は、不当廉売の場合と概ねパラレルに考えることができます。一般に、市場価格を著しく上回る対価で継続的に商品・役務を購入するような場合には、公正競争阻害性の要件を充足し違法となり得るでしょう。この場合は、市場に供給される商品・役務を言わば買い占めることとなり、競争の過程を人為的に歪曲して、競争関係にある他の事業者の自由な競争を侵害するおそれがあるからです。不当高価購入に該当するものとされた事例は、これまでにありません。

※1  不当な対価としては、これら二つの行為類型の他に、不当高価販売や不当廉価購入もあり得ますが、それらが一般指定に規定されていないのは、現実に行われる可能性が低く、また、相手方に不利な取引条件を押し付ける行為として優越的地位の濫用(独占禁止法2条9項5号ハ)として規制することができるからと説明されています。

※2  例えば、(a)売残りの季節性商品を値引きして処分すること(婦人服のバーゲンなど)、(b)開業に際し、一時的に商品・役務を値引きすること(開店したラーメン屋が、当初1か月間、広告のチラシを持参した客には半値にするなど)、(c)廃業に際し、在庫品を値引きして一掃すること(営業不振で閉鎖するスーパーマーケットが、最後の1週間に大幅にディスカウントするなど)、などです。これらの行為のうち、(a)と(c)については、事業者にとって、売れる見込みのない不良在庫を抱えたままよりは、原価割れとなっても多少の収入がある方が望ましいことです。また、(b)については、事業者にとって、その期間に来訪した顧客がその後固定客となるという宣伝効果を期待することができます。このように、これらの行為は、事業者にとって合理性のある行為であり、市場の諸条件と自己の能力とからみて設定可能な対価を取引条件として提示するものとみることができます。また、これらの行為は、短期間に終了するものですから、通常は、競争の過程を人為的に歪曲することとはなりません。それゆえ、これらの行為は、原則として違法なものとはなりません。

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